放射率(Emissivity, ε)は、物体表面が理想的な黒体と比較してどれだけ効率よく赤外線を放射するかを0~1.0の値で表す物理量。サーマルカメラの温度測定精度に直結し、素材ごとに適切な放射率を設定しないと大きな誤差が生じる。
放射率(Emissivity, ε)は、ある物体の表面が同温度の理想的な黒体(ε=1.0)と比較してどれだけの割合で赤外線を放射するかを示す無次元量で、0から1.0の値をとる。サーマルカメラは物体から放射される赤外線エネルギーから温度を逆算するため、放射率の設定が不正確だと測定温度に大きな誤差が生じる。自作PCやガジェットのサーマル診断において、正確な温度測定の前提条件となる最重要パラメータである。
サーマルカメラが検出する赤外線エネルギー(W)は以下で構成される:
W_total = ε × W_object + (1 - ε) × W_reflected + W_atmosphere
ここでε(放射率)が小さいと、物体自体の放射よりも周囲環境からの反射赤外線の割合が大きくなり、測定値が環境温度に引きずられる。
実温度80℃のアルミヒートシンク(放射率0.09)をε=0.95(デフォルト)で測定した場合:
この例が示すように、金属光沢面の放射率は非常に低く、デフォルト設定のまま測定すると致命的な誤差になる。
| 素材・表面状態 | 放射率(ε) | 備考 |
|---|---|---|
| 黒体(理論値) | 1.00 | 基準値 |
| 電気テープ(黒) | 0.95~0.97 | 校正用として広く使用 |
| マットブラック塗装 | 0.94~0.97 | PCケース内面など |
| プラスチック(各色) | 0.85~0.95 | SSDカバー・ファン |
| セラミック | 0.90~0.95 | コンデンサ外装 |
| PCB基板(はんだマスク) | 0.89~0.93 | グリーン/黒レジスト |
| 酸化銅 | 0.65~0.80 | ヒートパイプ表面 |
| アルミ(アルマイト処理) | 0.55~0.80 | ヒートシンク(処理済み) |
| シリコングリス薄塗り | 0.75~0.85 | CPU上面 |
| 銅(酸化あり) | 0.40~0.80 | ヒートパイプ・銅ブロック |
| ステンレス(研磨) | 0.15~0.35 | 工具・筐体 |
| アルミ(素地・光沢) | 0.04~0.09 | 未処理ヒートシンク |
| 銅(光沢) | 0.02~0.07 | 新品銅ブロック |
| 金メッキ | 0.02~0.04 | CPU端子・コネクタ |
アルミ製ヒートシンクは最も誤差が大きい測定対象。対策として:
Intel CPUのIHS(Integrated Heat Spreader)は銅製ニッケルメッキで放射率は0.20~0.40程度。ただし通常はクーラーが装着されているため、クーラー表面(アルマイトアルミ: 0.55~0.80 または黒塗装: 0.90+)を測定することが多い。
SSD表面のラベルシール(紙/プラスチック)は放射率0.85~0.95で測定しやすい。ヒートシンク装着時はヒートシンク素材の放射率に切替える必要がある。
低放射率の物体では、周囲環境(壁・天井・機器)からの反射赤外線が測定値に混入する。サーマルカメラの「反射温度」設定を室温に合わせることで補正可能。多くのカメラではデフォルト20~25℃に設定されている。
同一部品の異なる表面状態(アルマイト面・光沢面・テープ貼付面)で同時測定し、放射率設定の妥当性をクロスチェックする手法。FLIR C5やHikMicro Pocket2はマルチスポット機能を搭載している。
高級機種(FLIR T865等)では画像上の領域ごとに異なる放射率を設定できるため、ヒートシンク(ε=0.55)とPCB(ε=0.90)が混在する画像でも各部の温度を正確に表示可能。
Q1: 放射率がわからない素材はどうすればよいですか? A: 黒色電気テープ(ε=0.95)を貼付する方法が最も簡便で正確。テープ表面と素材表面の温度差が安定したら、素材の放射率を調整してテープ温度と一致させる。この値を以後の測定に使用する。
Q2: 自作PCのヒートシンクは放射率が低すぎて測定できないのですか? A: 未処理アルミ光沢面(ε=0.04~0.09)はほぼ測定不可能だが、実際の市販ヒートシンクはアルマイト処理や黒色塗装が施されており、ε=0.55~0.95で測定可能。Noctua NH-D15(ニッケルメッキ ε≈0.30)のような光沢仕上げでも、フィン根元の酸化面を狙えば概算値は取得できる。
Q3: 放射率を間違えると温度は高く出ますか、低く出ますか? A: 設定放射率 > 実放射率の場合、表示温度は実温より低く出る(カメラが「少ない赤外線で十分高温」と誤判定するため)。逆に設定放射率 < 実放射率の場合は高く出る。金属光沢面をε=0.95で測定すると、ほぼ室温(=反射温度)に近い値が表示される。